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 当坊は日蓮聖人の身延入山の文永11年(1274)にまで遡り、 随従して来た本弟子六老僧の一人、 日朗上人がこの地に草庵を結んだことをはじめとします。 創建は弘安3年(1280)3月14日と伝えられています。 開基は大国阿闍梨日朗菩薩です。
その後、日朗上人は布教の為身延の地を去ることとなり、久本坊日元が庵を堂宇に改め、 日朗上人を開基と仰ぎ、自らは二世として、正法院竹之坊と称しました。

三世日進、四世日善、 五世日上の三人は日元の実子で、 日蓮聖人の直弟子でした。三世日進は身延山久遠寺第三世法主に、 四世日善は第四世法主にそれぞれなっています。

もとは現在の御草庵跡の近くにありましたが、 現在の三門の地に移転しました。更に、寛永19年(1642)に三門建築の為、 三門裏の山を崩し境内地を造成し、移転しました。中興の祖、十八世正法院日運の代には 500坪の伽藍を誇り隆盛をみましたが、 慶応元年(1865)三門の火災により類焼しました。明治5年に再建されましたが、 明治20年、 町方よりの出火により再び全焼してしまいました。
現在の堂宇はその後5代の住職が努力し、再々建したものです。


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